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新発田城 ~現代と戦国の軍事設備が共存する城

■概要上杉家の重臣であった新発田氏が築城した城であり、代々新発田氏が城主を務めてきたが、天正9年(1581年)に新発田重家が上杉景勝に反乱を起こしたが討伐され、あえなく落城。その後、豊臣政権によって、上杉氏は会津に転封となり、溝口秀勝が入封...
日本百名城

駿府城 ~大御所・徳川家康の隠居城

■概要室町時代において駿河国守護であった今川氏が築いた城(今川館)。今川氏は、特に戦国時代における今川義元の時代に隆盛を極めるが、義元が桶狭間の戦いで討ち死にすると急速に衰え、義元の嫡男・氏真の時代に隣国武田氏(信玄)によって滅ぼされ、今川...

名古屋城 ~徳川家康が息子に贈った天下普請の巨城

■概要駿河国主であり、今川義元の父・氏親が尾張進出のために築いた城・柳ノ丸が起源である。織田信長の父・信秀は、氏親よりこれを奪取し、那古野城と名前を改める。その後、信秀は那古野城より南へ数キロの古渡城に本拠地を移し、那古野城は信長に与える。...

掛川城 ~「海道一の弓取り」今川家降伏の地

■概要元は室町時代に守護大名・今川氏が築城した城であり、今川家の宿老である朝比奈氏が代々城代を努めた。今川家全盛期の義元時代には、太原雪斎・岡部元信と並ぶ重臣である朝比奈泰能(やすよし)が城代を努めた。しかし、今川氏は、義元が桶狭間の戦いで...
寺院

瑞巌寺 ~政宗の「隠し砦」といわれる伊達家菩提寺

■概要平安時代に天台宗の寺として創建され、後に禅宗に転換されたが、戦国時代に兵火によって焼失した。江戸時代に入って、伊達政宗が自身の学問の師である虎哉(こさい)和尚のすすめによって再建が行われ、伊達家の菩提寺となった。江戸時代に大御所・徳川...
寺院

立石寺(山寺) ~最上義光公が眠る絶景の寺

<奥の院手前にある最上義光公御霊屋> ■概要 貞観2年(860年)清和天皇の命によって慈覚大師が開いた天台宗のお寺である。大永元年(1521年)陸奥国・伊達植宗が山形盆地に攻め入り、国人衆天童氏と戦闘になった際に山寺の宗徒は伊達氏に与...
寺院

恵林寺 ~武田信玄が眠る菩提寺

■概要鎌倉時代の甲斐守護職によって建立された寺であるが、武田信玄が自身の菩提寺として再興を図った。住職の快川和尚は、伝統を重んじず徹底した合理主義者だった織田信長とソリが合わず、武田信玄によって岐阜から呼び寄せられ、恵林寺の住職として信玄に...
日本百名城

多賀城 ~蝦夷鎮圧の前線に置かれた古代陸奥支配の拠点

■概要戦国時代よりずっと前の神亀元年(724年)、蝦夷の反乱を鎮圧した奈良時代の代表的な武人・大野東人(おおののあずまびと)によって建造された陸奥国における行政・軍事の中心拠点である。それまでは、多賀城より10数キロ南の郡山遺跡が拠点であっ...
寺院

瑞鳳殿 ~伊達政宗が眠る御霊屋

■概要1636年(寛永13年)に没した奥州の覇者にして初代仙台藩主・伊達政宗を祀る御霊屋であり、仙台城が属する青葉山と同じ地形の中にある、「経ヶ峰」と呼ばれる場所にある。政宗は生前、自身が死んだら経ヶ峰に葬って欲しいと遺言し、2代藩主忠宗は...
続・日本百名城

No.109 米沢城

■概要元は鎌倉時代の地頭・長井氏によって作られた城であるが、室町時代のはじめに伊達氏によって攻め滅ぼされ、伊達家の中心拠点となる。戦国時代に伊達政宗が生まれたのも、この米沢である。天正17年(1589年)、伊達政宗は会津の蘆名義広を破り黒川...
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