日本百名城

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武田氏館(躑躅ヶ崎館)~戦国最強・信玄の本拠地

■概要言わずと知れた戦国時代最強大名・武田氏の中心拠点となった城(館)跡であり、通称「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」と呼ばれる。(甲府市HPより)このブログのタイトルにもなっている武田信玄の名言「人は城 人は堀 人は石垣」の通り、信玄は...
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松代城(海津城) ~信玄が謙信と対峙した最前線の城

■概要信濃国を統一に向けて北進を続けた武田信玄が、北信濃の豪族を庇護する終生のライバル・上杉謙信との決戦に備えて越後との国境に設けた城であり、当時は「海津城」と名付けられた。信濃・越後の国境は常に不穏であったことから、信玄は山本勘助に命じて...
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千早城 ~「難攻不落」の代名詞となった畿内の山城

■概要鎌倉時代に討幕軍の名将・楠木正成が幕府軍から防衛するために築いた山城であり、難攻不落の城の代名詞とされる。鎌倉時代末期、元寇により弱体化した鎌倉幕府の討幕をめざす後醍醐天皇の呼びかけに応じた楠木正成は畿内で挙兵し、畿内の反幕府勢力の増...
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彦根城 ~赤備えの猛将・井伊直政が築いた堅城

■概要関ヶ原の戦い後に、徳川四天王で赤備えの猛将・井伊直政が近江北部を与えられ築城した城。西の関ヶ原方面に伸びる中山道と、北陸方面に伸びる北国街道が交わる要衝に建てられている。近江北部は元々、石田三成の所領であり、三成が本拠としていた佐和山...
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安土城 ~信長が天下に号令した幻の城

■概要いわずとしれた織田信長が自身の本拠地として琵琶湖畔に築いた山城であり、天下に号令するためのシンボルとした絢爛豪華な城であったといわれる。信長が天下統一を控えた1576年(天正四年)に建造し、三年後の1579年(天正七年)に完成したが、...
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観音寺城 ~六角氏が治めた国内最大級の山城

■概要年代は不明だが、戦国時代よりずっと前に近江の名家である佐々木六角氏によって築城された城。六角義賢は戦国時代において大規模な改修を行うが、足利義昭を将軍に奉じて上洛する信長に反抗(観音寺城の戦い)して破れ、本拠地であった観音寺城を捨てて...

新発田城 ~現代と戦国の軍事設備が共存する城

■概要上杉家の重臣であった新発田氏が築城した城であり、代々新発田氏が城主を務めてきたが、天正9年(1581年)に新発田重家が上杉景勝に反乱を起こしたが討伐され、あえなく落城。その後、豊臣政権によって、上杉氏は会津に転封となり、溝口秀勝が入封...
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駿府城 ~大御所・徳川家康の隠居城

■概要室町時代において駿河国守護であった今川氏が築いた城(今川館)。今川氏は、特に戦国時代における今川義元の時代に隆盛を極めるが、義元が桶狭間の戦いで討ち死にすると急速に衰え、義元の嫡男・氏真の時代に隣国武田氏(信玄)によって滅ぼされ、今川...

名古屋城 ~徳川家康が息子に贈った天下普請の巨城

■概要駿河国主であり、今川義元の父・氏親が尾張進出のために築いた城・柳ノ丸が起源である。織田信長の父・信秀は、氏親よりこれを奪取し、那古野城と名前を改める。その後、信秀は那古野城より南へ数キロの古渡城に本拠地を移し、那古野城は信長に与える。...

掛川城 ~「海道一の弓取り」今川家降伏の地

■概要元は室町時代に守護大名・今川氏が築城した城であり、今川家の宿老である朝比奈氏が代々城代を努めた。今川家全盛期の義元時代には、太原雪斎・岡部元信と並ぶ重臣である朝比奈泰能(やすよし)が城代を努めた。しかし、今川氏は、義元が桶狭間の戦いで...
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